与謝野馨氏が死去・4/30の自民党への復党は恩に報いる措置?

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官房長官、財務大臣、文部大臣など、多種多様な要職を歴任した元衆議院議員の与謝野馨氏が2017年5月24日に死去しました。78歳でした。

与謝野馨氏(出典:首相官邸)

与謝野馨氏は数々の要職を歴任した政策通

与謝野馨氏は昭和13年(1938年)生まれで、東京都出身。歌人の与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻の孫にあたります。昭和51年(1976年)に衆議院議員に初当選。平成6年(1994年)に文部大臣、平成10年(1998年)に通産大臣、平成17年(2005年)に経済・金融財政政策担当大臣、平成19年(2007年)に内閣官房長官兼拉致問題担当大臣、平成20年(2008年)に経済財政政策・規制改革担当大臣、平成21年(2009年)に財務大臣兼金融・経済財政政策を歴任しました。

2010年に自民党を離党し、旧「たちあがれ日本」の結党に参画しました。が、2011年に離党。民主党政権における菅直人再改造内閣に、経済財政担当大臣として入閣しました。その後は体調を崩し、咽頭がんの手術により発声ができなくなるなどし政界を引退しましたが、2017年4月30日付けで自民党に復党していました。なお、衆議院議員は9期務めました。

自作PC製作やカメラが趣味

自民党復党については、東京都議会選を有利に進めるためという見方もあったようです。が、これはあくまで私個人の勝手な推測になりますが、自民党は与謝野氏が余命いくばくもないことを知り、自民党在籍当時の実績と貢献を評価し、その恩に報いる形で古巣の自民党への復党を認めたのかもしれないなと感じました。

与謝野氏は、様々な要職に就いた政策通として知られますが、財政に関しては緊縮・増税(いわゆる反リフレ)による財政再建を目指しました。それが正しかったのかどうかは微妙な気がします。一方、与謝野氏は与謝野鉄幹・与謝野晶子の孫という異色の家系もさることながら、ご自身で自作PCを何台も製作したり、カメラが趣味だったりと、電脳オタク趣味なところに好感が持てる人だと思います。

ご冥福をお祈りいたします。

 




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