プラカ女子生徒が倒れても粛々と挨拶続行の高校野球開会式に違和感

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2017年8月8日、第99回全国高等学校野球選手権大会が甲子園球場でスタートしました。その開会式の最中に、プラカードを持った女子生徒が卒倒するという事態が起こりました。

女子生徒が倒れたのは開会式の終盤(動画あり)

甲子園球場の内野席に観戦に訪れていた人が、開会式の模様を撮影しYouTubeに公開していました。その動画を拝見すると、日本高校野球連盟(高野連)の八田英二会長が挨拶(励ましの言葉)を語っている最中に、女子生徒が前方に突っ伏すように倒れます。

 

 

また、テレビ中継を録画したと思われる別の動画では、その女子生徒がアップで写っており、倒れる寸前まで虚ろな表情で立っている様子がはっきりと分かります(※女子生徒のお顔が鮮明に写っているため動画を引用するのは避けます)。今回倒れた女子生徒がプラカードを持って先導したのは、開会式終盤に選手宣誓をする主将の所属する高校だったため、そのテレビ中継の動画は、主将を狙って撮影された映像だと思います。ただ、まさに女子生徒が倒れるほんの直前に別カメラの画面に切り替わっており、もしかすると関係者が異変に気づいていた可能性もあり得ます。

目の前で誰かが倒れても駆け寄れない心理があるのだろうか?

倒れた女子生徒は、駆け付けた係員(大会関係のスタッフなのか、もしかすると運営ボランティアの生徒かもしれません)によって起こされ、いったん立ち上がりかけますが、すぐによろけて再び倒れ込みます。直後に生徒は後ろに下げられ、プラカードの列と選手の列の間を通って、グラウンドの外に連れられていきましたが、体調はほどなく回復したそうです。

倒れた理由として、「極度の緊張により貧血を起こした」「入場行進の際に既によろめいていたので、代役がスタンバイしていた」とも一部で報じられています。

なお、プラカードを持って先導する役目は、慣例として地元兵庫県内の某高校の生徒が務めています。

倒れた直後、周囲にいた選手やプラカードを担当した女子生徒の中には、一瞬びっくりして体が反応する様子も見られますが、駆け寄って介抱したりすることはなく、係員が対応していました。

私は、この甲子園という大舞台では、目の前で誰かが突然倒れても、駆け寄れない心理でも働くのだろうかと首をかしげたくなりました。恐らく、この大舞台においては、目の前で誰かが倒れても、円滑な進行が最優先にされてしまうのでしょうし、そういう不測の事態が起きたときのために、救護要員や代役が待機しているのを選手や生徒は当然ながら知っているのでしょう。だから、慌てず騒がず、係員がすぐに飛んでくるまで、じっとしていようという自制が働くのかもしれません。もしかすると、事前に「誰かが倒れたとしても、すぐに係員が来るので、動かずに待つように」という指示を受けているのかもしれません。だとすれば、異質の空間だと私は思います。

 

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生徒が倒れてもスラスラとそつなく挨拶する高野連会長

女子生徒が倒れたのは、八田英二高野連会長が「励ましの言葉」を選手たちに語り掛けている最中だったのですが、女子生徒が倒れた瞬間もその後も、八田会長は全く動じる様子もなく、そのまま挨拶を続けます。甲子園球場でおこなわれる高校野球といえば、数万人規模が訪れるビッグイベントであり、とりわけ開会式は厳かに粛々と進行されるものというのは分かります。

ただ、女子生徒が倒れたのを会長は絶対に見たはずであり、その瞬間に、いったん挨拶をごく短時間でも中断するなり、例えば「あ、誰か介抱をお願いね」ぐらいの言葉を発してもいいぐらいだと思います。また、中断などの措置をしないまでも、会長が例えば「あっ」という言葉を発するなり、挨拶を言いよどむなりしても何ら問題はないですし、むしろそれが本来の人間らしい姿だと思います。

にもかかわらず、全く何事もないかのごとく、八田会長は挨拶をスラスラと、そつなく続けます。

この様子にはいささかの違和感を覚えましたので、女子生徒が倒れる前後の挨拶の内容を文字に起こしました。その挨拶の内容と、今回何事もなかったように挨拶を続行する姿勢のミスマッチぶりに、強い違和感を禁じ得ません。

 

誰かが苦しいときは、他の誰かがそれをカバーしてくれる。

高校野球は仲間同士で支え合う、若人を育むスポーツです。

(ここで女子生徒が前方に倒れる)

これから試合に臨む生徒に、3つの「C」で始まる英語の単語を贈りたいと思います。

まず、コンセントレーション。集中をしてください。

そして、コントリビューション。勝利に貢献してください。

最後に、コングラチュレーション。勝っても、敗れても、相手に敬意を表し、

お互いの努力を祝福し合ってください。

一球一球、一打一打に、熱い思いを、そして力の限りを込め、

未来の自分に素晴らしい思い出を残してください。

 

偶然にも、女子生徒が倒れた直後に、「コンセントレーション。集中をしてください」というコメントが会長の口から発せられるのですが、「人が倒れても動じるな、集中しなさい」という意味なのだろうかと不思議に思いました。

未成年者に過度の負担を強いる伝統行事ってどうなの?

高校野球は伝統あるスポーツだとはいえ、真夏の炎天下の酷暑の中でおこなわれる行事であり、健康面や安全面についての疑問の声が以前からあります。特に、大リーグから見てもクレイジーだと言わしめるほどの、過酷な投球回数の問題なども以前から問題視されています。

また、高校野球の規則で定められているわけではないものの、いわゆる丸刈りが原則とされているヘアスタイルが時代遅れではないかといった意見、あるいは女子マネージャーのグラウンド内への立ち入り制限の問題など、様々な件で論議を呼んでいます。

とりわけ、酷暑下における熱中症の回避は非常に重要であり、まだ気候が温暖な春の選抜高校野球は良しとしても、夏の高校野球大会は、時期をずらして開催するなどの抜本的な措置が必要ではないかと思います。

高野連による「見て見ぬふり」の実践ではないだろうか?

そして、開会式の最中だったとはいえ、甲子園球場のど真ん中で女子生徒がぶっ倒れても、そのまま挨拶を粛々と続行する姿勢に薄気味悪いものを感じたのは私だけではないと思います。果たしてこれが理想的な「教育」なのでしょうか? 

もちろん、こういうことを書くと、「そんなことで騒ぐな」「選手たちは日頃からもっと厳しい練習に耐えてきてるんだ」「甘っちょろいこと言うな」といった批判もあるでしょう。あるいは、「万が一の際には救護要員が駆け付けられるように万全のサポートが敷かれているから、他の選手や生徒は動く必要はない」という意見もやはりあるでしょう。

しかしながら、目の前で人が倒れているのに、何事もないかのように粛々と挨拶(訓示?)を進行し、倒れた女子生徒の近くにいた選手や生徒は、即座に駆け寄ることすらもできないわけです。そういった、いささか疑問符のつく行動を、数万人の観衆の目の前で実践してみせたともいえるわけです。あえてきつい言い方をすると、高野連による「見て見ぬふり」の実践ではないのかとすら思います。

高校野球そのものに対しては、有意義なものであると以前から思っておりますし、選手のひたむきなプレーに胸を打たれることもしばしばあります。ただ、こういった負の側面を見ると興ざめしてしまいます。これを機に、高校野球が抱える様々な問題点を世に問うていくべきだと感じさせられる出来事でした。

 

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