内閣支持率1桁台の森内閣や竹下内閣と比べるとまだ安倍内閣はマシ?

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このところ、安倍内閣の支持率が急落しているのは皆様もご承知の通りだと思います。安倍政権の閣僚による失言、所属議員による不祥事、そしていささか傲慢にも映る国会運営など、様々な出来事の積み重ねが、内閣支持率急落につながっている格好です。

アベノミクスが一定の評価を得て高支持率をキープしてきた

2012年12月、民主党政権が再び下野し、自民党が政権に返り咲きました。そして、第2次安倍内閣が発足。安倍首相は「アベノミクスの3本の矢」、すなわち、第1の矢「大胆な金融政策」、第2の矢「機動的な財政政策」、第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」という3つの取り組みを打ち出し、持続的な経済成長の実現に取り組んできました。

出典:首相官邸ウェブサイト

 

この、「アベノミクス」については、一定の成果が上がっていると評価する向き、そして失敗だったと批判する向きの双方があります。

出典:首相官邸ウェブサイト

私は、緊縮財政を敷いた民主党政権時代に、日経平均株価が8千円台にまで下落していたものが、第2次安倍政権下において2万円を回復するまでになったことや、自殺者数の減少、アルバイトの賃金水準の上昇といった功の部分は評価できると思っております。「貧困は人の命を奪う」ことに繋がりますから、緊縮財政を敷いたりマイナス成長でも構わないというような言説は、これまでの年功序列型社会や社会保障制度の恩恵にあずかり、老後の年金もしっかりと約束された方々の、いわば勝ち逃げ組の見解だと思います。特に、左翼から人気の高い知識人や文化人と呼ばれる人々の中には、自身は豪邸に住み、海外旅行を謳歌しながら、脱成長社会実現がどうのこうのと言っている人がいるようです。あるいは、アベノミクスならぬ「アホノミクス」で1ドル50円がどうのこうのとか言っていた御仁もいましたね。私はこういうのに惑わされてはいけないと思います。まぁ、誰とは申し上げませんが、分かる人には分かると思います(笑)。やはり今後も経済成長は必要だと思います。

一方、集団的自衛権の行使を認めるという、戦後日本が長らく堅持してきた専守防衛原則を根底から覆す政策の決定などの極めて重要な局面において、政府与党が誠実な国会運営をしたとは到底言えないと感じております。加えて、戦前回帰臭がプンプン漂ってくる時代錯誤的な内容の憲法改正を安倍首相は目論んでいます。アベノミクスが一定の成果を収めることによって高支持率を保ち、それによって改憲への支持に繋げたいという下心があるのだろうと私は思います。

 

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森内閣・竹下内閣の末期は内閣支持率が1桁台にまで下落した

前置きはさておき、タイトルに書きました「内閣支持率1桁の森・竹下内閣と比べるとまだ安倍内閣は高く見える」という点についての話に戻したいと思います。

私は、竹下登内閣や森喜朗内閣の支持率が急落し、2桁どころか1桁台にまで下落したことがあったはずだと記憶しております。そのため、このところの支持率急落によって、安倍内閣支持率が30%台、あるいは20%台となっている状況に対して、「もはや危険水域だ」という意見がメディアを賑わせていることには少々違和感を覚えておりました。

そこで、当時と今とを比べる何らかのヒントを得るべく、当時の内閣支持率の下落ぶりが分かる記録がネット上にないか調べてみました。

森内閣は最初から支持率が低く、最後は7%と最低水準となったことで目立っている。

 

出典:図録 歴代内閣の内閣支持率推移

 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5236a.html

上記サイトを拝見すると、森内閣の支持率は政権末期の2001年4月に7%にまで下落しています。また、竹下内閣は政権末期の1989年4月に7%を記録しています。

森内閣は、2001年2月にハワイ沖で発生した実習船「えひめ丸」と米原潜との衝突事故での対応のまずさ(事故の一報を受けてからもゴルフを続行)、そしていわゆる「神の国発言」と呼ばれる失言によって支持率が急落。また、竹下内閣はリクルート事件と消費税導入によって、支持率を大きく下げました。また、これは他国の事例なので全く参考にもなりませんが、政権末期の朴槿恵韓国大統領(当時)の支持率は5%、しかも20代からの支持率は0%という驚くべき超低支持率も記録しています。

これらの点から考えますと、数々の問題を抱えつつも、長らく5割前後の内閣支持率をずっとキープし続け、支持率が急落してからでさえも、なおも20%台や30%台に位置している安倍内閣の支持率は、まだまだ十分に高い水準ではないかと思えますし、ましてや、「危険水域」というのは、いささか大袈裟ではないかとさえ感じていました。

 

森・竹下内閣当時と現在との内閣支持率における最大の相違点

ところが、やはりと言うべきか、安倍政権の内閣支持率は深刻なレベルであり、森内閣や竹下内閣の当時と、現在の内閣支持率とでは、支持率という数字だけを見て単純比較することはできないようです。

参考になる論考はないかと調べてみましたところ、『もう末期”世論調査”でみる安倍内閣の体力 求心力が「遠心力」に変わる瀬戸際』という刺激的なタイトルがつけられたプレジデントオンラインの記事を見つけました。これを読んでストンと腑に落ちました。

当時と今とは政治状況が違う。竹下内閣のころ、衆院では1つの選挙区で3~5人が当選する中選挙区制で、各選挙区に2、3人の自民党議員がいた。しかも自民党は派閥全盛で、党内抗争が激しかった。だから、竹下内閣の時は、自民党支持でも、宮沢喜一氏や渡辺美智雄氏を次の首相にしたいと思う人は内閣を「支持しない」と答えることが多かった。宮沢派、渡辺派議員の後援者たちも「支持しない」と答えるのが当たり前だった。だから内閣の支持は低く抑えられる傾向があった。

ところが今、選挙制度は小選挙区制になり、派閥も弱体化した。自民党を支持する人は基本的には内閣を支持する。つまり、昭和時代は内閣支持率は低くて当然。今は高くて当然なのだ。だからこそ今の「30%台前半」は深刻だ。

 

出典:プレジデントオンライン

 http://president.jp/articles/-/22578?page=3

 

この記事に書かれている通り、かつては中選挙区制であり、今のような小選挙区・比例代表並立制とは選挙制度そのものが抜本的に異なります。そのため、内閣支持率を測る上での、有権者の支持・不支持を判断するよりどころが、当時と今とでは大きく異なっているわけです。恐らくは、現代における内閣支持率30%のラインは、森内閣や竹下内閣当時の10%に匹敵するデッドラインだと見るべきなのかもしれません。そう考えますと、毎日新聞が2017年7月23日に発表した世論調査(22・23日に調査実施)において内閣支持率26%という結果が出たことは、やはり深刻な事態と見るべきということでしょう。中選挙区制の頃の感覚に置き換えて考えると、安倍内閣の現在の支持率はすでに「1桁台」に突入しているとみることもできます。

 

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支持率下落でもひたすら改憲を目論む安倍首相は自省を

安倍首相は、高い内閣支持率を武器に改憲を発議し、衆参での通過、そして国民投票を経て改憲を成し遂げる目論見を持っていました。その目論見は今も変わっていないはずです。ただ、内閣支持率下落によって、政府・与党内からも拙速な改憲への異論が出る事態となっています。ところが、安倍首相は内閣支持率など気にもせずに、ひたすら改憲へと突っ走ろうとお考えのようです。

安倍首相、自民改憲案「夏に絞る」=臨時国会提出へ議論加速

 

出典:時事通信 

http://www.jiji.com/jc/article?k=2017072300250&g=pol

私は、憲法改正について、悲惨な戦争や言論弾圧を経験した先人によって大切に守り育てられてきた日本国憲法を、戦争を知らない世代が安易に変えるべきではないと思っています。どうしても変える必要があるのならば、極めて慎重かつ丁寧な議論を経るべきです。ところが、安倍首相をはじめとする政権与党のこれまでの国会運営は、丁寧とは程遠い「自称・丁寧な議論」あるいは「丁寧に議論は尽くされたと自画自賛した」とも言うべき、極めて醜悪なレベルのものだと思います。このような状況を見るにつけ、まともな改憲論議などできるはずもないという思いをいっそう強くします。そして、このような政権運営が今後も続く限り、内閣支持率のさらなる下落は止まらないでしょうし、やがて10%台や1桁台突入も現実のものとなるでしょう。

安倍首相を全否定するつもりはありません。評価できる点もあると思っています。ただ、マイナス面も目につきます。ぜひ自省(自制)をし、改めるべき点は改め、謙虚な姿勢での政権運営をお願いしたいと思います。

 

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