[文字起こし]小林麻央さん死去 ‐ 市川海老蔵さん会見(6/23)

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小林麻央さんのご逝去に伴い、2017年6月23日午後におこなわれた、市川海老蔵さんの緊急会見の文字起こしを作成しました。文字に起こしつつ、ご夫妻の愛、あるいは、ご家族ご親族や周囲の人々への心遣いを実感し、深い感銘を受けました。哀悼の意を表します。

なお、文字起こしは、話し言葉を書き言葉に変換する作業という性質上、起こし手によって文章が微妙に異なるという特性があります。その点をご承知おきください。

文字起こし

市川海老蔵(以下、海老蔵):このたび、わざわざご報告するようなことではないかもしれませんけれど、今朝、家の前にも多くのマスコミの方がいらっしゃいまして、ご報告をするということも、ひとつ義務なのかなと思います。それはやはり、昨日夜に、妻・麻央が旅立ちまして、それによりましていろいろと、ございます。

その中で、家族の時間や、家族でしなくてはならないこと、家族で話すべきこと、あと、子供たちとのこと、そういったことの時間という中で、思った以上に皆様に伝わったのが早かったということで、急遽このように皆様にお時間を作っていただいたのも、そのように多くの方にご迷惑の掛からないように、そしてまたブログや、ましてやアナウンサー時代から、妻のことを……応援してくださった方々にご報告ということで、このような時間を設けさせていただきました。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

 

芸能レポーターもしくは記者(以下、レポーター):ご傷心のところ本当に申し訳ないんですけれども、麻央さんとの最期のときは、どなたが看取られて、どんな言葉を交わされたんでしょうか?

 

海老蔵:そうですね、これはまぁ、私は昨日も舞台でございまして、それまでも麻耶さんと麻央のお母さん(お義母さん)と、ずっと看病をしてました。私は昨日、舞台が終わったあとに、ここで別の撮影がございまして、そのあとにロビーでまた別の稽古がございました。そしてそのときに、お義母様から、LINEが来てたんですけども、ちょっと僕は、見ることができませんでした。約1時間半ほど遅れて見た内容が、「具合が悪い」と。ちょっと「お医者様も来ていて、家族を呼んだほうがいい」というような内容でして、私もちょっと慌てて急いで家に帰ったわけです。

そうして帰りますと、まだ麻央はこの世にいてくれて、たまたま、本当にたまたまなんですけど、私がちょうど妻の前に座って、ちょっと呼吸が苦しそうだったので、大丈夫かなぁ、といっても昨日は、おとついまでは喋れたんですけども、昨日はずっと喋れずにいたんで。まぁこれは本当に不思議な話ですけれど、息を引き取る瞬間、私は…見てました。そのとき、これは本当に不思議なんですけど、「愛してる」と言って……彼女が……そのひと言を言って……泣いちゃいますよね。そのひと言、「愛してる」と言って、本当にそれで、そのまま……旅立ちました。

 

レポーター:その、「愛してるよ」という言葉は、麻央さんはちゃんと受け止めたように見えましたか?

 

海老蔵:いや、僕が言ったわけではなくて、彼女が……旅立つ間際に、「愛してる」…。「る」が聞こえたか聞こえないかちょっと分かんなかったですけど。「愛してる」と言って……旅立ったのが、ちょっと、まぁ何と言うんでしょうか……こんなに……愛されていたのがよく分かっていたんですけど、最期の最期まで……愛してくれていたことに…………何とも言えませんね。まぁすみません、何か。どうしてもね、昨日の今日で、何も準備もできてなくて、このようなところで、お見苦しいところをご覧に入れて、すみません。

 

レポーター:最期、ご自宅で送ってあげることができたのは、良かったなぁというふうに思われますか?

 

海老蔵:それはとても良かったと思います。お義母様もお義父様も、私もお義兄様も、麻耶さんも、子供たちも、ずっとそばにいられたので、すごく良かったなと。まぁ病院で、私は、父は、病院で亡くしてるので……病院のときと…は違う…家族の中で、家族とともに一緒にいられた時間というのは、まぁ本当に、かけがえのない時間を過ごせたと思いますね。

 

レポーター:お子様も含めてご家族で、皆さんで、送ることができたと?

 

海老蔵:はい、そうですね。子供たちも、見てました。

 

レポーター:麻央さんは、闘病の中で、かなりつらい中でも、勇気・愛情・笑顔を忘れずに語ってこられたと思うんですけれども、そんな麻央さんの生き方を、海老蔵さんはどんな言葉で送ってあげたいですか?

 

海老蔵:おっしゃる通り、本当に、笑顔と勇気と愛情、そして、決してぶれない自分、そして、どんな状況でも相手のことを思いやる気持ち…まぁ愛ですよね…そういった力が、最期までぶれず、おとついまで笑顔で…笑顔で、話してて。昨日ぐらい、おとつい、うん、昨日はやっぱりちょっと調子悪かったんで、ちょっと我々家族も、急にそういうふうになってしまったので、戸惑った部分、すごく大きかったです。

 

レポーター:海老蔵さんからはどのようなお言葉を送られましたか?.

 

海老蔵:僕ですか? えっ、いつ?

 

レポーター:亡くなる前の麻央さん…

 

海老蔵:うん?

 

レポーター:麻央さんが…

 

海老蔵:あぁ、もう、この世にあるありとあらゆる言葉を、耳元で、話してましたけど。

 

レポーター:海老蔵さんにとって、麻央さんの存在、どんな存在でしたか?

 

海老蔵:………とにかく、私を、どんな部分も、どこまでも、愛していてくれたんだなと。うん。存在というのは……うーん、まぁね、存在ね。できればずっと、一緒にいて、私のほうが先に…逝って、彼女には、もっと幸せに、もっと楽しく、家族や、お友達や、ご家族、麻耶さんやお義父さんやお義父様、そして僕が、私が、役者として成長していく過程を、ずっと見守ってもらいたかった存在です。

 

レポーター:麗禾(れいか)ちゃんと勸玄(かんげん)君のご様子というのは?

 

海老蔵:麗禾は、昨日は…ずっと麻央のそばを離れません、でした。そして、彼女の横で、ずっと「寝る」と言って、寝てました。うん……まぁ…うん……認識はしてると思いますね。勸玄は、まだ、分かっているんですけれど、分かっていないところもあって、今日の朝も、麻央の横になってるところに、2人が、麻央の顔を触ったり、足をさすったり……手を握ったり…そういう…ところを見ると……私が今後、背負っていくもの、やらなくてはならないこと、子供たちに対して、とても大きなものが、あるなと、痛感しました。勸玄はまだ、分かってますけど、分かってないと思います。

 

司会:そろそろ…

 

海老蔵:まぁ、もうちょっと大丈夫、うん。

 

レポーター:レポーター:お子様お二人に、これから…(判読不能)…と思いますけれども、奥様から学んだ大切なことを、どういったことをこれからも伝えていきたいと思いますか?

 

海老蔵:元気になったら、彼女は、自分が歩んできた過程の病、乳がんや、それに伴う病、に対して、自分が治ったらば、こうしたい、ああしたい、多くの人に、救いになれるような存在になれるように、なりたい、ということで、一生懸命闘病してました。それで、ブログというものも始めたんです。本当に、マスコミさんのおかげで、ある意味公(おおやけ)になって、本当にありがたかったと思います。

それでブログというものを始めて、同じ病の人たちや、苦しんでる方々と、悲しみや喜びを分かち合う妻の姿は、私からすると…何か、人ではないというか、何というんですかね、すごい人だなというか…何か言い方おかしいですけど。でもまぁ、とにかく総合的に教わったこと、そしてまだ今後も、教わり続けることは、「愛」なんだと思いますね。

 

レポーター:3年間、闘病生活、苦しかったと思うんですけれども、いま海老蔵さんの中に浮かんでくる麻央さんの姿というのは、どういう表情が一番、思い浮かべられますでしょうか?

 

海老蔵:どういう、表情? 全部ですね。初めて会ったとき……の…彼女…から、今の、今日の朝まで、全部、全部ですね。

 

レポーター:笑顔が、多いですか?

 

海老蔵:そうですね。多かったと思います。

 

レポーター:これまでいろいろなお話を麻央さんとされてきたかと思うんですけども、もちろん、最期のお言葉である「愛してる」という、もちろんその言葉が一番残ってらっしゃると思うんですけど、これまでお話されてきた中で、海老蔵さんに対してのお話でしたり、子供さんへのお言葉でしたり、いろいろ…

 

海老蔵:子供? 

 

レポーター:はい、子供さんへの…

 

海老蔵:そうですね…心残りだと思います。二人のことについて、「どうすればいいんだろう」って。考えても答えが出なかったものだと思います。ですから、いろんなこともあり、今回も子供たち、出演したり、7月も出る、倅(せがれ)が出るんですけどね、そういうのを観にくることを、ひとつの目標として、いろんなものを作ったんですけど。まぁでも、きっと(天国から)見てると思うんでね、そういう意味で、だから心配で心配でしょうがないんじゃないでしょうか。

 

レポーター:海老蔵さんが託されたこと、みたいなものはありますか?

 

海老蔵:うーん、まぁちょっと多すぎて言葉に出せないですよね。もちろんね、いまの、これからも、いま舞台やってたわけで、このあとも舞台ありますし。来月もすぐありますし。子供の稽古もありますし。麗禾の成長のことも、考えますし。やっぱりこれから、まだ5歳と4歳ですから、これからお母さんていう存在が彼女や彼には、非常に重要な存在なわけではないですか。それをやはり…失った。それは僕は代わりにはなれないですけども、できる限りのことを、やっていくように、思ってますね。

 

レポーター:麻央さんがよく言っていた言葉で、いま思い出されることってありますか?

 

海老蔵:よく言っていた言葉…うーん……。でもやはり、言葉というか、お義姉さん、麻耶さんがちょっと調子悪くなったときも、例えば私が舞台で非常に疲れたときも、彼女自身はやはりもっと重い病に罹っている、そしてお義母様が看病で疲れているときも、麻央のほうがもちろん大変なのに、やはり自分よりも相手のことを心配する優しさ。こういう言葉ということではなくて、どこまでも、自分よりも、相手のことを想う気持ち。これはね、一番多かったですね。

 

レポーター:麻央さんと出会って、結婚されて、家庭を築いて、いまあらためて、麻央さんはどんな奥さんでしたか?

 

海老蔵:そうですね…分かりませんねぇ。どんな奥さん? 僕を変えた奥さんなんじゃないですか。

 

レポーター:どんなところ?

 

海老蔵:分かりません。

 

司会:そろそろよろしゅうございますか…

 

レポーター:麻央さんが、プロポーズのときに、「来世も一緒にいよう」という言葉で、一番響いたというふうにおっしゃっておりましたけれども。

 

海老蔵:そうですね、そのつもりです。その話も、しました。ですが、まぁ僕が愛想つかされないように、頑張らないといけないのかなと。

 

レポーター:その話をされたとき、麻央さんは何とおっしゃってましたか?

 

海老蔵:元気なとき? 

 

レポーター:はい。

 

海老蔵:喜んでましたよね。

 

レポーター:あらためて、麻央さんに言いたいこと、最後にお聞かせください。

 

海老蔵:うーん、まだね、昨日の今日なんで、こういうところも(麻央さんが)聞いてると思うんで。全部聞いてると思うんでね。言うことは、言わなくても伝わると思うんで、まぁ「いつも想ってるよ、ねっ」ということですね。

 

司会:はい、では、すみませんが…

 

レポーター:麻央さんのブログに励まされた方に最後にひと言…

 

海老蔵:そうですよね…

 

司会:最後にこれは。

 

海老蔵:はい。麻央のブログや、麻央の存在で、励まされた方々がいらっしゃるということで、今回のこういうような形も、ある意味取らせていただいたと思うんです。実際、そういうことがなければ、このようなことをご報告すること自体が、形としてはどうかと思います。ですが、そういう多くの、麻央のことを応援してくださった方、そしてまた、麻央のことを、ともに闘ってる方々、本当に昨日、先に旅立ちましたけれども、ずっと、麻央はきっと皆様のそばにもいると思うんで。本当にいろいろありがとうございました。

 

(起こし作成:ZAKKI LOG管理人)

 

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