[まとめ]歴代復興大臣は7名中3名が「物議」 問題点を振り返る

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2017年4月25日、今村雅弘復興大臣が、震災被害に関して「まだ東北のほうで良かった」などと政治パーティで発言し、辞任(事実上の更迭)しました。

今村大臣が更迭されたのは、今回の発言が、一発退場レベルのレッドカード的な発言だったのが大きいですが、それまでの問題発言や態度についても、問題視する意見がありながら、イエローカードすら出されてこなかった点が、今回の一発退場レベルのトンデモ発言を生んだ要因だろうと思います。

復興大臣7名中3名が物議をかもす

過去に復興大臣(復興庁創設前の特命大臣時代も含む)を担った方は、7名いらっしゃいます。そのうちの3名が問題発言あるいは過去の行動が問題視されるなど物議をかもしています。その3名の問題点を振り返ってみたいと思います。

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今村雅弘復興大臣(自民党)

在職期間2016年8月~2017年4月・自民党・衆議院議員

出典:首相官邸ウェブサイト

2017年4月4日に、復興庁記者会見の場において、フリー記者からの「執拗」な質問攻めと意見表明に遭ったとはいえ、福島第一原発事故における自主避難者に対して、「自主避難は自己責任」「裁判でもなんでもやればいい」などと発言。また、その記者に対して「撤回しなさい!」「出ていきなさい!」「うるさい!」などと発言したことが、物議をかもしました。

【文字起こし】今村復興大臣が記者会見でフリー記者に激怒した場面

【文字起こし】4/21今村復興相、記者の質問打ち切り「もういいよ、やめてくださいよ」

4/25 今村復興大臣が不適切発言「まだ東北だったから良かった」

【文字起こし】4/25 今村復興大臣辞任のきっかけとなった講演

2017年1月28日に、福島復興再生協議会でのあいさつで、「マラソンに例えると、福島の復興は30Km地点」などと発言しました。この発言について福島県の内堀知事は「まだスタートラインに立っていない地域がある。避難解除地域の復興もまだ序の口」と苦言を呈しました。これにより、現場をあずかる地方自治体の長と、中央との認識のずれが露呈しました。とはいえ、復興には、やるべきことが膨大にあり、42.195kmの30km地点に到達しているはずがないのは、私のような素人でも分かることです。30km地点というと、ゴールまでの7割をすでに走ったということですよ。そんなわけあるまいと断言しておきたいと思います。

高木毅復興大臣(自民党)

在職期間2015年10月~2016年8月・自民党・衆議院議員

出典:首相官邸ウェブサイト

2015年10月の大臣就任直後から、過去の下着泥棒疑惑について週刊誌やテレビで盛んに報じられました。高木氏がいまから30年ほど前にまだ30代だった頃、地元福井県の女性宅に侵入し下着を盗んだという疑惑です。当時警察沙汰になったものの、示談になったとも報じられています。

このことが報じられて以降、左寄りの方々はもとより、いわゆるネトウヨ界隈と思しきネット民からも、「パンツ大臣」などと揶揄され、四面楚歌のような状況になりました。このような下着泥棒疑惑について、本人は会見等でそのような事実はないと否定しています。が、福井県警OBが窃盗疑惑を「事実」と語ったことが地元新聞で報じられました。また、この疑惑が事実無根ならば「濡れ衣を着せられた」格好になるわけですが、重大な名誉棄損として訴訟を提起することもなく現在に至っています。この点に不自然さを感じます。

また、自身の選挙区での葬儀に、政治資金から香典を出していたとして問題となりました。

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余談ですが、高木氏の父親は敦賀市長を経験した高木孝一氏という人物です。高木孝一氏は、敦賀原発の放射能漏れ事故によって多額の補償金が入ってきたことを引き合いに出し、放射能漏れ事故に期待するかのような発言をしたとされるほか、「50年後100年後に片輪(かたわ・障害のある人のことを指す差別的言葉)の人が生まれてくるかは分からないが、いまは原発をやったほうがいい」などと講演会で放言した、いわくつきの人物です。

松本龍復興担当大臣(民主党)

在職期間2011年6月~2011年7月・民主党・衆議院議員(当時

出典:首相官邸ウェブサイト(アイキャッチ画像も同様です)

東日本大震災を受けて復興庁が2012年2月に創設されましたが、2011年3月の震災直後に東日本大震災の復興調整が国務大臣の職務に加わり、それを担ったのが、松本龍防災担当大臣兼復興担当大臣です。当時は、まだ復興庁創設前の時期でしたが、復興担当の特命大臣として、活躍が期待されました。

2011年7月、復興担当大臣に就任(6月27日)してから最初に被災地を訪問した際、岩手県の達増知事に「知恵を出すなら助けるが知恵を出さないなら助けないので、その気持ちを持つように」などと上から目線の発言をしました。震災で甚大な被害を受けた地元自治体に対する発言としては、あまりに高慢かつ高圧的です。

また、宮城県の村井知事との会談の際に、村井知事が松本大臣よりもあとから応接室に入ったのですが、その「順番」が気に入らなかったようで、村井知事に対して「長幼の序」を持ち出す頓珍漢な説教をしたほか、そのことを記事にさせないために、いまのはオフレコだと宣言し、「書いたら終わりだ」などと報道規制を公言したトンデモ発言が問題となりました。また、会談内容に関しても、「我々は何もしない。県でコンセンサスを得るように」などと上から目線だったことも問題視されました。

結局、松本大臣は、在任期間わずか9日という極めて短期間で退任しました。

復興大臣には「デキる」人物を充てるべき

この復興大臣という職は、人的にも物的にも金銭的にも甚大な被害を受けた被災地の復興に向けた重責を担う、非常に大変な仕事です。復興にまつわる様々な課題や利害の調整役を担いつつ、復興を前進させていかねばならないわけで、頭脳明晰かつ優れた実行力、高い調整力や人望、忍耐強い精神力なども含め、相当「デキる」人を充てねばならないはずです。にもかかわらず、問題を起こす、あるいは過去に問題を起こしたとされて人々やメディアの追及を受けることとなり、満足な仕事を果たせぬまま退任していくという事例が複数見受けられるのは残念です。

自民党だから起きたわけではなく民主党も問題発言をしていた

アンチ自民党やアンチ安倍の人々の中には、今回の今村大臣の暴言や事実上の更迭によって、政権や与党に対する批判をいっそう強める動きも見受けられます。

が、これは何も自民党だから起きた問題ということではなく、かつて民主党政権時代にも、復興担当大臣という要職についた人物が、被災自治体や被災者の感情を逆なでする問題発言で物議をかもし、職を途中で投げ出さざるを得ない状況に自らの不作為で追い込んだという事実があります。

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吉野復興大臣には被災者の心情を最優先した復興対応を願いたい

今村大臣の辞任を受けて今回あらたに就任した吉野正芳復興大臣には、福島県出身ということで、ぜひ被災地域や被災者の心情を最優先した復興対応をお願いしたいと思います。

吉野氏の略歴が、首相官邸ウェブサイトに掲載されていました。福田改造内閣で環境副大臣に就任していた当時の情報のようですので、情報としては古いですが、引用させていただきます。ぜひ頑張っていただければと思います。

吉野 正芳(よしの まさよし)

 

 

生年月日  昭和23年8月8日
出身地  福島県
衆議院議員 福島県第5区、当選3回

 

略歴
昭和46年3月  早稲田大学第一商学部卒業
4月 吉野木材株式会社入社
62年4月 福島県議会議員初当選(~平成11年、三期)
平成12年6月 衆議院議員初当選
15年11月 衆議院議員二期目当選、自由民主党厚生労働副部会長、農林水産副部会長
16年1月 自由民主党組織局次長、農林水産関係団体委員会副委員長
10月 自由民主党山村振興委員会事務局長
11月 自由民主党教育・文化・スポーツ関係団体委員会副委員長、自由民主党厚生関係団体委員会副委員長
17年1月 自由民主党農林部会副部会長
2月 衆議院法務委員会理事
9月 衆議院議員三期目当選
11月 文部科学大臣政務官(第三次小泉内閣 改造内閣)
18年10月 自由民主党法務部会長 衆議院厚生労働委員会理事
19年9月 衆議院経済産業委員会委員、自由民主党組織本部副本部長、自由民主党党改革実行本部副本部長、自由民主党政務調査会審議委員
10月 衆議院厚生労働委員会臓器移植小委員会委員長
20年8月 環境副大臣(福田改造内閣)

 

座右の銘 初心不可忘
趣味 山歩き
家族 妻、二男、二女

 

 

出典:首相官邸ウェブサイト

http://www.kantei.go.jp/jp/hukudafukudaijin/080805/21yosino.html

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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